トップ 泉龍院について 境内案内 寺の行事 交通案内

s 泉龍院境内ご案内




①本堂(法堂):四方欄間の彫刻は、一枚の板に両面透し彫りが刻まれており、彫刻師は上田沢(桐生市黒保根町)の関口文治郎と山の神(太田市薮塚町)の岸亦八の手によって彫刻された大変貴重な彫物です。また、内陣天井の皎龍の絵及び大間の格天井の絵画は仲永秀・英道の銘があり、板戸の絵共々、当時の叢林をを忍ばせるものがあります。
 
②山門:三代将軍家光公の特使を受け造られたと伝えられており、紋瓦には、徳川家の葵の紋が飾られています。また、当寺は修行道場であったため青枩林の林号を記述した額が山門に掛かっております。
 
③長屋門:元細川内膳正の屋敷門を移築したものとされています。屋根は萱葺で、二階建てになっており、二階の窓は菱形の格子窓で俗に鉄砲窓と呼ばれております。格子窓は内側からは相手がよく見え、外側からは中にいる人が見えないので武家造りの門になっているようです。
 
④壇信徒会館:法事後のお清め等、多目的に利用可能な会館です。2階は坐禅堂になっています。
 
⑤開山堂:開山様、道元禅師様,瑩山禅師様、壇信徒各家のお位牌を安置しております。
 
⑥旧鐘楼堂:現在はこちらの鐘楼堂は使用しておりません。
 
⑦鐘楼堂:現在使用している鐘楼堂です。
 
⑧水子地蔵尊お堂:水子地蔵尊を安置しております。
 
⑨えんま堂:閻魔大王、奪衣婆などを安置しております。
 
⑩白山妙理大権現お堂:修行僧の修行中の守り神様
 
⑪池の庭園:秋は紅葉がきれいです
 
⑫大王松としだれ桜の庭園:春のしだれ桜の花色がいいです
 

⑬下山昌伯の像・碑(墓所):下山昌伯は、文化三年、武州小前田村の医師森元貞の長男として生まれ、幼名を元達という。十五歳の時、江戸に出て旧幕府の典医高野長英の親友、人見氏の門に入り医術を学び、文政九年(1826年)二十一歳の時、下野国菱村の医師下山勝伯が名医なることを聞き、江戸より帰り勝伯の門に入り医術を研究し、遂に勝伯の嗣子となり、下山昌伯三重と改名した。昌伯は、公の医業は勿論、更に西洋医学をも研究し、治療に精進したため、安政年間にこの地方に天然痘なる病気が流行した際、西洋医学により人々に種痘なるものを接種し、天然痘を治したことで有名です。
 
⑭身代わり観音(十一面観世音菩薩):当地の名主山越源右衛門(安政二年(1855年)没)は、観音様を日夜信仰し、織物業を営み、多くの下男下女を使い、江戸との取引などを実施していたため、多くの財をなしていました。ある時、賊が源右衛門の家に入り込み、この賊と渡りあった源右衛門は、確かに刀で切られたはずであったが、不思議にも信仰していた観音様が身代わりになって立ち胴を二つに切られ、源右衛門は助かったといわれております。名付けて身代わり観音・胴切り観音と呼ばれ、近隣の信心を集めました。その後、嘉永元年(1848年)に泉龍院に奉納され、今日に至っております。作者年代とも不詳。身代わり観音の民話は、こちらをご覧ください。
 
⑮秋葉三尺坊大権現:泉龍院裏山の岩中に奉られております。秋葉三尺坊大権現さまは、観音大士のご化身といわれ、七難八苦の中で特に恐れられている火事、火防災除の仏様です。天保十四年(1843年)に当地の大火災の際に裏山に出現し、当山の大岩窟の中に入り、鎮防火燭を念じられ難を逃れたといわれております。人々は火ぶせの秋葉様として、信仰し、毎年四月末に当寺主催のお祭りに参加、山登りして岩屋の前で御祈祷をしております。
 
⑯四方竹群(しほうちくぐん)(桐生市指定天然記念物):中国原産で日本に栽培される稀品であるが、いつごろからこの寺に移植されたのかは不明です。一般の竹類が円柱形の茎を持っているのに対してこの種だけが純四稜形です。今から約300年前当時、当寺は修行道場であったため多くの僧侶が全国各地より集まってきていました。遠くは明(中国)の国からも修行のために訪れた僧侶も少なくなったようです。それ故に当時の修行僧の誰かが四方竹なるものを中国より持参して植えたのではないかと推測されます。天然の四方竹は、近隣にはない珍しい竹として有名です。
 
⑰大王松(だいおうまつ):アメリカ原産の常緑高木で、日本では観賞用として栽培されています。マツ科。高さ三十メートル内外になり、枝は太く、葉は長大で枝の先にほうす状に集まって垂れるので、他のマツには見られない形態を示します。葉は三枚、短枝上に束生し、長いものは四十センチメートルになり、青みをおびた緑色をしています。北アメリカでは、松ヤニ採取のための主要樹で、葉からとる繊維は敷き布団、枕、クッション等に利用されるようです。現在、当寺の大王松は高さ、大きさともに北関東一と称されております。
 
⑱高野槇(こうやまき):日本原産で、本州、四国、九州に産する。この木は、著しく耐陰性が強い。樹形が良いので、庭木として多く植えられるが成長が遅いので造林は行わず、資源の量も多くない。スギ科の高木。樹皮は赤褐色で外面は灰色をおび、縦に割れ目ができて薄くはげる。小枝のまわりには十五~三十個の短枝があり、それから一個の葉がでるので、外観は葉が車状に輪生しているように見える。この葉はもと二個の葉であったのが側面でくっついたものである。当寺のマキは、樹齢五百年の歴史をもち、寺と共に生きぬき歩んできたその風格を表しております。
その他宝物:
・韋駄天尊天立像(天文二年(1533年)創作)
・聖観世音菩薩立像(元禄八年(1696年)創作)
・千手観音菩薩立像(年代不詳)
・十六羅漢像及び四天王像(安政二年(1855年)創作)
・その他多くの掛軸などがあります